技から色んなものが見えてくる

合気道の技はとても合理的にできています。

物理法則はもちろん、身体の原理原則もたくみに利用して、最小の力で相手を導き投げます。

多くの人はこれらの原理を学び理解することで、上達を図るのですが、実はそこばかりに意識を向けて稽古していると、ある時にその上達は止まってしまいます。

なぜなら、私たちの身体の動きを繊細に制御できるのは、「心」や「意識」と言った目に見える範囲のモノではないからです。

例えば喉が渇いた時を想像していてください。

テーブルの上にとても美味しい透き通った水が、グラスに注がれています。

 

あなたは喉がカラカラです。

そのグラスの水をあなたはとても欲しています。

あなたはグラスの水を飲みたくて、すぐに駆け寄りゴクゴクと飲みほしてしまいました。



そこで質問です。

あなたはどのようにグラスを握り口まで運んだかを覚えていますか?

その行動を意識的に身体を操作して行いましたか?

まず間違いなく、無意識でグラスを口まで運んでいるはずです。

あなたの目的はただ、喉の渇きを潤す、それだけだったはずです。

そこにはあなたの合理的な身体操作は存在していません。

喉の渇きを潤したいという思いが無意識に身体を動かしていただけなのです。



これと同じように合気道の技も、物理や身体だけに意識を向けている限りは、一番合理的に動くために必要な「心」や「意識」を生かせないのです。

そう、本当の合理性とは私たちの心や意識を操作することで表現されるのです。